晩酌と相撲好きのブログ

毎日ビール2本程度の晩酌とおいしいつまみ、そして大好きな相撲を愛しているアラフォー妻子あり男の心の内です。たまに本業の教育分野に関することもつぶやいたり。暇つぶしに見てやってください

久々病院行った

大げさではあるが

ここ一週間、これまでの人生で経験したことのない体調不良に見舞われ本日内科を受診した。

 

最寄りのT医院は5年前にインフル診断を受けたのち三か月ほどせきが収まらなかったために再度受診した際に医師(クソ)から「結局どうしたいの?」との返答を頂戴して以来金輪際再訪無しと決定済みのために準最寄りの内科へ。それでも車で数分なんだけども。

 

要は五年ぶりの内科受診である。

この一週間、高熱や水下痢、胃もたれの症状が激しくこういった経験がなかったために不安を抱きつつも病院へgo。

おそらく普通の人なら(肉体労働だし)倒れてもおかしくないほどの体調不良だと思う。事実、高熱初日は仕事中に三時間も寝てしまった(トラックのドラレコは幸いにもアナログのため細工可能だった。よかった…。)。

 

レントゲン、腹部エコー検査の結果、胃腸炎でしょうと言うことになり薬を処方された。

病院とは本来こうあるべきなのではないだろうか?

というのも、冒頭で出てきたクッソT医院ならばおそらくはなんの検査もせずに患者からの自己申告のみで「薬を出してほしいんだな(別にそういうわけじゃなくてこの症状を根本から解決する方法を聞いて実践したいだけなのだ)?じゃあとりあえず薬出しとくから治まらなかったら来い」という対応になったであろう。イヤ、患者の俺が解決策を創造していいんか?解決策を模索し提案するのが医師の職務では?滅んでほしい。

 

こういった5年前の忌々しい記憶を教訓に今回の受診では「1週間前に2日間ほど高熱、そして同じく1週間前から継続する水下痢と消化不良の症状を解決したくて受診しました。ちなみに慢性的なひどい便秘です」

と受付で申告した(言えって言われたから…)。思春期だったらとてもじゃないけど他の患者たちのいる前で堂々と下痢などと発言できなかっただろう。ナイスミドルでよかった。

 

この「解決したい」というワードや私のしゃべり方(先生との対面の際にも再度口述した)にもしかすると先生もピンと来たのかもしれない。このガキ(私)は少々めんどくさい奴になるかもしれんと。

 

だから普段ならやらない検査項目二種を実行したのかも。

 

レントゲンを撮る際に立ったままの姿勢でズボンを下げるように女性看護師さん(44歳私より年長と思われる)から指示された。ガラパン丸出しである。一応、看護師さんからは「タオル巻きます?」と手渡されそうになるが男らしく「結構です」と拒否。

 

エコー検査では診察台に仰向けになり腹部丸出しになった。

思春期でも問題なくそれは大丈夫かな。現在も変わらずノーメタボでよかった。

 

それにしても受付で待っている間にひっきりなしに患者たちが押しよせる。

私の今回の会計が3,000円ちょっと。自己負担三割なので負担十割ならば10,000円。

 

客単価10,000円で一日の患者数が40人とすると売上40万円/日。

一ケ月20日の稼働で売上800万円/月。まあ通常よりも高額の人件費や設備維持費用も含めると利潤はもっと低まるとは思うがそれでもすごいー。

 

開業医の実入りの凄さを想像しながら会計し病院をあとに。

病院直近の薬局ではなく自宅最寄りの薬局へ。

薬局受付では「お薬手帳お持ちで?」と尋ねられ正直に「家にあったが多分紛失。ってかそのような手帳の存在を忘却していた」と伝えようかと一瞬頭をよぎるが無難に「忘れました」と返答。

処方箋を手渡し待合所で待機する間、スタッフさんが私に寄ってきて「マイナンバーカードあります?」

私は「ちょっと待ってくださいね…あ、ありました」とカードを取り出した。

すると「あちらの機械で読み取りますので来て下さい」ときた。

てっきりこの人にカードを手渡す流れと間だったので肩透かしを喰らった気分だ。翠富士。

贅沢を言うようで申し訳ないのだが

「機械で読み取る必要があるのでマイナンバーお持ちなら移動をお願いしたい」

といった感じに言っていただけないものか。カスハラかしら??

 

なぜか私のカードは有効期限内にも関わらず機械が「期限切れです」認識。これにはスタッフさんも不思議がっていた。

で、結局保険証を引き渡すハメに。誰が悪いわけでもないがスッといかなかったのが少しストレスだった。

 

無事薬(3種)も処方されて料金はなんと1000円強。安っ!

 

それにしても、

薬局で30代ほどの母親が幼女を連れていたのだがしきりにスタッフさんに「どれぐらい時間かかります?」と聞いていてそれもそのはずなんと!車にもう1人赤ちゃんを置いてきていたのだ!なぜに!!

泣き声など気にせずガンガン連れてきてね!!

あの時私に何か協力出来ることはなかったか??

幼女と遊ぶ?不審者である。

 

赤ん坊が泣いてうるさいとほざく者どもを蹴散らす(言論で)くらいしか私にはできないだろう。

世の赤ちゃんの親どもよ!!

安心して店内に連れてくるがいい!大変でもなんでも車内に赤ちゃん1人にしないで…!とりあえず赤ちゃんの泣き声うるせーとかいうやつを滅ぼす作業はやりますから!!

(ただ、新婚旅行でハワイ行く時の飛行機で夜通し泣きまくってた赤ちゃんの泣き声はこたえたなー。生後間も無く飛行機に8時間も乗せるか??そこまでしてハワイ行きたいか??危なくね??  って思っているけどこれは矛盾かしら?)

 

 

帰宅して薬もあることだからと油断して食いすぎて今MAX吐きそうな私が執筆した今日の文章に付き合ってくれたみんな!ありがとな!

 

腸炎の時は食い過ぎ厳禁だぞ!

 

 

今日は以上ですー。

寝起きに後ろ姿写してみた

今朝起きがけに自分の後ろ姿、正確には背筋の外見を確認したくて撮ってみた(妻撮影)。

174cm60kg。すげーでしょ。

 

 

 

まあ中年男性の背中である。綺麗さを求めないでいただきたい。

着目していただきたいのがこの均整の取れた体躯。

この体で44歳である。素晴らしい細さだ。ノーメタボである。

 

いやいやそうではなく、肩甲骨付近の筋肉に注目していただきたいのだ!

かなり発達している。この一年ほどで肩から肩甲骨にかけての筋肉が発達している。正確には目視していなかったが(後ろに目がついていない影響で)、なんとなく感覚で「筋肉ついてきたんじゃね?」と感じる自分がいつもいた。

 

そう。

仕事の影響である。

毎日40kgの重量の鉄塊を頭上付近まで持ち上げ運搬しまくっている。

成人男性でも普通に持ち上げたらぎっくり腰案件だ。

なので腰に頼らず膝を曲げ足の力と、次に腰ではなく背中の力を使って鉄塊を操るのだ。

 

もともと背筋には自信があった。全盛期の20年ほど前は背筋力なんと203kgを叩き出した事がある。

一般的な成人男性の背筋力が100~130kgほどなので単純計算で倍ほど。

その影響か、これまでの人生でぎっくり腰などの腰痛発生とは無縁の生活だ。

 

 

ただ、肩口の筋肉はそれほど発達していなかった。

しかしそれも今は昔。肉体労働の末に肩の筋肉も獲得できた。

 

もちろん、私よりも筋肉量が多い力持ちはごまんといる。

私が称賛されるべきは身につけた筋肉が見える化されているところにある。

 

そう。

私は太っちゃいないのよ!

 

それどころかもはや細マッチョの域に達するところまで来ている。

これはモテるだろう。

腹ももうちょいで腹筋が浮き出る。ますますモテる。

 

なぜ筋肉が見える化されているのか?

それは私の食生活にある。

 

無駄な食事はなるべく摂らないことを心がけている。

例えば白米を3食摂取することはここ10年以上ない。

むしろ食事自体、一日3食摂ったことすらも10年以上ない。

大体一日2食だ。1食の日もある。

 

ここでこういった意見も出ることだろう。

「一日3食摂らないほうが太るのでは?」

 

答えはノーだ。

 

この理論は大相撲力士のような「1食で莫大な分量の食物を業務として摂取する人々」にしか当てはまらない。

 

理論上、私が太るには一日2食として、1食の食物摂取量が3食の場合に比して1.5倍を超える分量にならなければならない。

 

普通の人間が1食で通常の1.5倍以上の分量の食物を摂取し続けることは難しい。

太る人は単純に総摂取カロリーが多いだけだ。一日に何食かは関係ない(と私は自身の経験や周囲を見渡して結論付けている。)。

 

そう。太っている人は太っていない人に比して単純に多くの食物を摂取しているに過ぎない。運動不足だから太るのではない。ムダに食っているから太るのだ。

そういえばある市民ランナーから聞いたことがある。10,000メートル走ると700kcalのエネルギーを消費するそうだ。

え?700kcal?????

 

コンビニ弁当一個食ったらそれ超えるやんけ!!

 

10,000メートル走れる人間はごく一部に限られる。しかも走れたとてたかが700kcalとな??

 

そう。人間は運動のみでは痩せられないのである。食うことをやめないと痩せることはできない。このことから目をそらす人々のなんと多いことか!!

だから世の中には様々なダイエットビジネスがはびこっている。痩せるために運動するのは私から見れば水泳がうまくなりたいのに陸でジャンプを続けるようなものだ。

世にある◯◯ダイエットで、食事制限を伴わないものはすべて詐欺(成果が出ない方法論)だと判断できる知識を持ってほしい。人間のラクして痩せたいという欲求に便乗したビジネスを撲滅させたい。撲滅できるリテラシーを日本人には持ってほしい。

 

ライザップがなぜ効果的かというと、食事制限を強いるからだ。担当トレーナーと常にメール等で繋がりを持つことにより自身の食生活をトレーナーと本人の2者間での「約束」のもと食いすぎを防止しているのである。ライザップの真髄は「食わせないこと」にある。

 

余談だが、腹筋を浮かび上がらせるためには第一に何が必要かご存知だろうか?

腹筋運動に決まってんじゃねーかと思った御仁はラッキーだ。間違っているので今日ここで学んでほしい。

そう。腹筋運動は二の次。結論は「腹の贅肉をそぎ取ること」だ。

 

人間の腹には筋肉がデフォルトで備わっている。だからその筋肉を覆い隠している贅肉(脂肪)を落とすだけで腹筋は浮かび上がってくるのである。

浮かび上がった腹筋を更にビルドアップしたくば腹筋運動をするがいい。そういったからくりだ。これを知らない人が多すぎる。

 

要するに痩せたら自動的に腹筋は割れるのだ。食わなきゃ腹は割れる。ぜひ試してみてほしい。

 

ちなみに男性は余分な栄養分をおなかにためる性質を備えている。だから男は腹から大きくなる。

女性は全身がまんべんなく大きくなっていく。

男性は内臓脂肪型なのに対し女性は皮下脂肪型という違いが存在する。

 

男性で太っている人は、食事量の制限を実行すると内臓脂肪(腹)から必要なエネルギーを取り出す。

これが継続すると腹が凹む。

思ったより短期間で凹むんやな、というのが私個人の感想だ。私は3ヶ月ほどで明らかな腹の凹みを認識した。やっぱ余分な肉は体全体に分配されるんだなと妙に納得した十数年前だった。

※体重は70Kgから60Kg弱まで低下。ほぼほぼそれをキープしている。

 

 

 

あまり大っぴらには言えないが、私は太っている人を見るとその人の評価を著しく低めてしまう。

食という人間の三大欲求の一つをコントロールできない人が一体何を管理できるというのか?

まあクソ個人の感想なので無視していただければ。

 

 

思えば前職時代はあからさまに太ってる社員はいなかったな。それは流石というべきか。

 

 

食生活の具体例は私のバイブル「空腹」が人を健康にする

に譲る。ゼッテーに見てくれよな。

 

私はこの本に出会ったおかげでメタボからさよならできた。

炭水化物の不必要さを学んだ。

野菜や魚中心の生活で肉はあまり必要ないことも知った。

野菜や魚は皮ごと頭ごとまるごといただくのが一番栄養価が高いことも知った。卵は流石に殻をむいてだが。

この本を読んで以降、私は野菜の皮をむかなくなった。生姜なんかは皮ごと当然いただくし人参もそうだ。ほうれん草の茎の端っこも切り捨てずに包丁で細かく切っていただいている。とにかく野菜と魚はなるべく丸ごといただくことにこだわっている。

 

白米は必要ない。たまに食すが毎日3食白米を食せばどうなるか?そう。糖尿一直線である。その他の炭水化物も同様。

玄米は超絶体にいいそうだ。まだ玄米食には手を出せていないが…。

 

とはいえ、私だって炭水化物ドカ食いしたいときもある。

飲みすぎた翌日なんか特に。そういった時はパスタ二人前にペペロンチーノのもとを二人前ぶっかけて間違いなく寿命を縮める食い物を摂取している。多くても週一だが。

 

こういったチートデイを設けるのも食生活の安定には必要なのかもしれない。私はそうしている。たまにすき家で牛丼メガ盛りをぺろり平らげることもある。決して少食なのではない。食おうと思えば食えるし食いたいときもある。あくまで食事量をコントロールしているに過ぎない。

 

我が家は私とその他の家族でほぼ完全に食事内容は分離している。子どもたちがかわいそうだ。朝飯に菓子パンを食わせていることもある。菓子パンは毒だ。チートデイ以外に食ってはいかん。野菜と魚をまず何よりも優先して食わせよ。

と思うが伝わらん。

かなり特殊な家庭なのかもだが私は自分の身を自分で守るべく自身の食生活を組み立てている。

 

子供たちだけでも私寄りにさせたい。そうする。

 

というわけで痩せたら自動的に腹筋割れるよというお話でしたね。

 

5年間で時代は思ったより進まなかった

五年ほど前、5G回線が出始める頃の話。

 

私はまだ前職に就いていた。
5G回線の普及により世の中の進化が加速するとの予測が方々から出ており、私もその考えに同調した。

 

特に、前職の塾業界に関しては一瞬ですたれていくのではないかと悲観的な立場だった。

コロナ禍直前期だったその頃、ほどなくして訪れるリモートワークの流行が現実の物となることを全く考えていなかったが、遠くない未来に塾は在宅学習メインの事業形態になる予想をしていた。

 

5G回線の普及は情報伝達速度の上昇を意味し、一定時間に伝え、受け取る情報の量は格段に増殖する。


塾の授業は在宅型で、しかも自宅の自室内があたかも教室にいるように、そして周囲に生徒たちが3Dで写されあたかも本当に隣にいるようなバーチャル空間を作り出せると私は考えた(なんかあのヘルメットみたいなやつかぶらんでもプロジェクションマッピングの進化版みたいな)。要は個々の生徒たちは自室にはいるが、リアルタイムで参加し、その臨場感も再現できると。

だから従来の通学型の学習塾の需要は減り、塾講師も授業力の高いリモートで生徒たちの成果につなげられる授業を提供できる一部の能力ある者だけが生き残るサバイバル合戦に突入する物とも予想していた。

 

事実、当時からiPadを用いたリモート学習講座は商品ラインナップに存在していたし、その講師が東大生をはじめ難関大生で占められており、それらの講師が提供する授業はすべからく内容の質が高かった(私のようなマネージャーは授業をのぞき見できる。当然、自宅受講の生徒の保護者も授業の様子を見ようと思えばみられるのだ!)

 

教室長の目線で見るとリモート授業のメリットが大きすぎてもはや従来の通学型の授業などゴミほどの価値もないのではとも考えていた。だって講師の質がちがいすぎるんだもん。

話は脱線するが、世の中にはなぜかいまだに「勉強ばっかやってる頭でっかちは社会で通用しない」という迷信がまかり通っているようだがその認識は大きな誤りである。

正確には「勉強ばっかやってなおかつ成果の出なかった者の中には多少の社会不適合者はいるだろうし、成果の出た難関大出身者にもわずかに社会に適合できないものもいる。しかしその比率は多くの『勉強してこなかったやつら』の比ではない」

だ。

要するに勉強しまくって成果を出してきたやつの社会不適合率は極めて低いということを経験則で私は学んだ。

 

 

話を戻し、同じく5年前当時、5Gの普及によりなくなるものとして運送業を予想していた。レジも無人化されると考えていたし医療技術の進歩によりリモート手術の実施も可能になると考えていた。

 

これらは、特にリモート手術などは回線速度の上昇により可能となるらしいのだが、いまだに実現していないうようだ。運送業やレジも全くすたれる様子はない。むしろ人手不足が深刻な状況だ。

塾だってそう。一向になくならない。やはりリモートよりも通学型を選択するのが人情ってものらしい。塾への需要は「授業の質」などではなく「通学ありきの学習」なのだとつくづく感じる。オンライン授業の方がぜってーいいぞ…。

 

とまあ、私の予測よりはるかに時代が遅れている感じがする五年後、すなわち現在だがなぜそうなっちゃったのだろう?

そう。

それは

5G回線が普及していないから

に他ならない。

 

だって俺のスマホ、いまもって4Gだもの!!

 

普及しなければ使えないよね。使えなければ技術も進歩しようがないよね。

 

という感じである。

 

 

時代は私が思っていた以上に進化のスピードが緩やかだ。あまり先読みしすぎることはないのだとこの五年間で学んだ。

 

 

現在、プロパンガスの配送業務に携わっている。近い将来、なくなる仕事上位だ。

プロパンガスはその使用料金が高い。新築一軒家を建てる人の中で都市ガスかプロパンガスかオール電化かで、プロパンガスを選択するのは新規に設置するトイレで和式便器を注文するくらいレアケースであろう(和式設置する人よりももうちょい多いかもだが…)。

 

プロパンガスの新規設置率は低い。プロパンガスは集合住宅か飲食店、そして新しくない一般家庭での使用がほとんどだ。

集合住宅や飲食店の数はたかが知れている。戸数の多い一般住宅で新規の設置が見込めないということは商売の規模がどんどん縮小していくことに他ならない。

だから私の今就いている仕事はやがてなくなる。

 

しかし!

いつなくなるかというと、おそらくあと20年は持つのではないかということだ。へたしたら30年は持つかもしれない。

30年もつということは、たとえ今年入った新入社員も定年近くまで就業可能ということだ。

 

プロパンガス供給事業に携わる者たちは、ほぼほぼ逃げ切れるのである。

逃げ切れるのが確定している人間が上昇志向を持つだろうか?無理だろう。

 

多くの業界もそうだろう。将来的にはなくなるがあと20~30年くらいは持ってしまうのではないだろうか?

新聞だって何やかやでオワコンと言われながらもなくなることはないだろう。もう年に数回しか新聞なんて見る機会ないけど…。

 

レジだって無人化するのは難しいだろう。余程の便利さ(ユニクロでカゴどんで値段出るとかレベル)に機械化されない限りは超高齢化社会では無理だろう。無理。

配送業だって無人運転が発達すると思ってはいたがその道は私の感じる数十倍の月日が必要だろう。今後20年は問題なく仕事はあり続けるだろう。

 

もし仮に技術の進歩が超スピードでこれから起こり産業構造が変化したとて、ド田舎に住んでいる多くの高齢者たちが変化に耐えられない。地方企業は高齢者たちの経済活動で保たれている均衡を崩すわけにはいかず、田舎であればあるほど新しいテクノロジーを受け入れない傾向が続くことだろう。

 

私の想像以上に、古い考え方のままでも無事に生涯を送ることが可能なことに残念な思いだ。老害というものが闊歩できる時代がまだまだ続くということだ。

 

そういった世界との縁をいつか断ち切ることができるよう、自分では自分なりの勉強を続けていきたい。

 

 

今日は真面目でした。

そもそも論が好きだ

私はそもそも論が好きだ。

 

最近SNSのThreadsにて、とある飲食店のオーナーが

「キャッシュレス決済の手数料が高すぎて経営を圧迫している。客には現金で支払うマナーを覚えてほしい」

みたいなことを投稿していた。

 

この一言に対する議論がさまざま起きており(意外と活発なSNSである…)

・ランチタイムは(ランチ商品は薄利であるため)キャッシュレス決済不可にしている店もある

だの

・店が支払うキャッシュレス決済手数料の改定が必要だ

だの

いろいろ。

 

しかし、そもそも論を言えば

キャッシュレス決済をやめればよいだけの話である。

 

なぜくだんのオーナーは「キャッシュレス決済費用高すぎなので客は現金使え」などとほざくのだろう?

 

逆を言えばなぜキャッシュレス決済を廃止しないのか?となる。

その答えは「キャッシュレス決済廃止に伴う集客力の低下に対する躊躇のため」だ。

 

だったら客に現金で払えなどと強要するのは筋違いだ。
キャッシュレス決済導入費用は店舗運営のランニングコストだ。
例えば、ラーメン屋で券売機を導入している店が
「券売機のリース料やメンテナンス料金が高く、営業終了後の現金の取り出しが不便」などとぼやくだろうか?

キャッシュレス決済導入はその店の判断だ。自らがすすんで導入しておきながら客には現金で払えと????

 

露出の多い服装の女の子が「オッサンがこっち見んじゃねーよ」というのに近い遠い?

 

ちなみに
キャッシュレス決済を導入しておきながらランチタイム利用不可など客に対する利用制限を設けるのはキャッシュレス決済会社との規約違反となる。
規約に違反するとその店の信用情報にキズが付く。信用情報は借金できるか否かに関わる重要な事柄なのでこれにキズが付くことはかなり重大な事態だ(当然その後のキャッシュレス決済も導入不可となる)。

 

というわけでまとめると

現金オンリーだと集客出来ない自店の力量不足、もしくはキャッシュレス決済手数料分の利益を上乗せできない程度の店舗運営能力であることを見つめなおして改善していった方がいいのでは?

だす。

 

中には「国がキャッシュレスを推進したのが悪い」などと死にそうな意見まで述べる飲食店関係者もいる。しかも店の名前を出してやで??すごすぎる。

 

 

さて

 

前職時代、個別指導塾で勤務していたのだがその時の上司たちが複数会社の「のれん分け」で独立起業した。

 

結果は潰れてはいないものの何年たっても一店舗を切り盛りするのがやっとという状況だ。

会社員と個人事業主の違いをまざまざと感じさせる上司たちの独立だった。

 

これもそもそも論から先に言えば

個別指導塾の性質上、儲けるのは無理

ということだ。

 

個別指導塾運営で一番困難なことは何か?
それは

従業員の確保だ。従業員=講師のこと。

 

個別指導は1:1~3の形。
一人の講師が少数の生徒を指導する。
塾に生徒が増えると必然的に講師の人数が増大していく。

ここが集団指導塾との大きな違いだ。だからこそ客単価も集団塾よりも高い。

 

講師は全てアルバイト(=パート)だ。
多数を大学生が占める。
大学付近に塾があるなら人材確保も容易だがそうもいかない。

今の大学生は通勤時間や手間(乗り換えが多いとかバスの本数が少ないとか)がかかることを極端に嫌う。

だから個別指導塾運営は人材確保との戦いともいえる。

 

そう。

個別指導塾の塾長は実は、生徒への指導に集中できず、
むしろ講師集めに全振りしているといっても過言ではない。

 

そんなんで集客できるだろうか?
そんなんで生徒の成績を上げられるのだろうか?

 

無理だ。

 

独立した上司たちがそれを証明してくれている。

 

そのうちの一人がなんとも絶望的な戦法をとっていてそれは
付近の高等専門学校生に向けての集客を行っていたのだ。

高専の学生が塾に通うか?通ったとしてもよくて年に一人二人じゃね??

なんでそんな少ないパイをとろうとするのか??
そう。

オーソドックスな生徒たちを確保できないためだ。
普通にその地域の中高生を集めればいいではないか。

それができないのだ。だから方針が迷走する。
元上司の能力云々では全くなく、

 

個別指導塾という事業形態が無理ゲーなだけなのだ!

 

まだつづけるのだろうか…?

まあ後戻りはできないだろうからな…。

 

 

まあ、そもそも私たちは生まれてこなけりゃ苦労せずに済んだんですけどね。

 

違う!

 

生まれてきたからこそ今があるのだ!
生まれてきたからこそ5/6、井上-ネリ戦を観戦できるのだ!

 

楽しみにして今日は以上です。

ヤクルト出す床屋さん

私は大学が地元で、子どもの頃からずーっと、社会人になったあたりまでは実家住まいだった。

 

今、その実家は移転し当時の地域との縁はなくなった。
しかしごくたまにその辺を通りかかることがある。住宅街なので狙って行かないと通りかからない場所だから狙って行くのだが…。

 

今思えばかなり良い立地だったと感じる。
駅からも比較的近く(一応、駅前はうちの中学の学区内だ)、当時に比べ店々もどんどん出来上がってきている。

私が住んでいた二十数年前に比して住宅の数が200%ほどになった。昔からある家々の隙間に広大な空き地(無理すれば野球ができるほどの)が点在していたのだがすべて宅地化され新築住宅で埋め尽くされた。

中には崖のような直径数十メートル、深さ15メートルほどのクレーターが全て埋め立てられ住宅が立ち並んでいた。クレーター時代を知るものとしては決してそこに住みたいとは思わないが…。沈むでしょ…。盛り土の土地は買わない方がいいよ。

 

学校も近い、いや、小学校はどこに住んでいてもたいてい近いのであるが、
高校と大学が徒歩圏内にある。

県ナンバーワン高校と県唯一の国立大学だ。黙ってしっかり勉強していれば通学に苦労することはない。が、それがかなうのはこの地域でもごくごくわずかな努力家だけだ。
(本当に優秀なやつは旧帝大に行ってまうがそれは除外。)

 

その旧実家の近くに大きな土手がある。
晴れの日は格好の散歩コースだ。住んでいた当時は全く価値を感じられなかったが今はそこのありがたみが分かる。

徒歩で5分もしないうちに土手の端までいくと線路、そして川をまたぐ鉄橋がある。この地域唯一の欠点と言えば電車の通過音がうるさい(特に貨物列車は長く騒音が大きい…)ことだがこれは慣れる。断言する。線路沿いに住んでいる人は電車の通過音をうるさいと感じなくなるのだ。これはここに住んでみて初めて分かったことだ。

 

この土手の端にまたがる鉄橋の下をくぐると小学校区が変わり隣の学区となる。

そこから徒歩で5分くらい歩くと「理容松川(仮名)」がある。
中学から大学の頃まで利用していた。

 

その床屋は散髪が終了すると横のソファにてヤクルトを1本飲ませてくれるのだ。
なかなかに珍しい床屋だと思う。
高校生になり始めてヤクルトを尻目にポケットからタバコを取り出し火をつけようとすると店主のおばちゃんが「何吸ってるの?」と聞いてきた。
マイルドセブンです」と答えると色鉛筆を収納する筒みたいなものを持ってきて

「この中から一本取っていいよ」

とのことでいただいた。おおらかな時代であった。
筒の中には何百本もの雑多な銘柄がごっちゃに、しかし几帳面に詰め込まれており圧倒される。

一本吸い、ヤクルトを飲み干して帰る。
理容松川での私の、いや、多くの男性のルーティンだった。

 

今日、その辺をほっつき歩いていたらまだまだ現役でその理容店は営業していた。
おばちゃんと娘二人、現在はおそらく娘が主体であろうが態勢が整っているのであろう。

 

思い出がよみがえる。中学生の時に散髪しているとすぐそばにある工業高校の野球部生(ユニフォームのまま来たのですぐに判明)が「すぐにボウズにして」と駆け込んできた。

どうやら、若干スポ刈り気味にしたのが練習中の今、監督にバレたらしく今すぐ直してこいとの事らしい。
騒々しかったがなんだかおかしかった。

 

令和の現在、各学校では禁止されているようだが高校生の頃はツーブロックにしていた。毎回同じ注文なので当然言わなくても分かるレベルになっていたがある夏、娘であるお姉さんから「お盆は親戚からお小遣いもらえるの?」と聞かれた。

まあチョっとくらいすかねー、などと返答すると

「もし小遣い入ったらストパーあててみてもいいんじゃない?」

という提案もあった。財政難により実現しなかったが提案はありがたかった。

そこから数年後、二十歳をこえてからやっと金をこしらえ別の美容室で縮毛矯正をあてロン毛にした。モテた。早くやっときゃよかった。

 

 

現在住んでいる場所には正直思い入れがない。地盤の強さと災害の少なさ、そしてコスパのよさだけで選んだと言っても過言ではないからだ。

ただ、子どもたちには生まれたころからいる場所だ。この子たちにはここが起点となり人生が展開される。願わくばよい思い出を多く作ってもらいたい。

すでに、近所のおじいさんがたが子どもたちをかわいがってくれている。大変ありがたいことだ。どういった道を子どもたちが歩むにしろ、ここが故郷であることを安心して思ってほしい。

 

以上、なんのエッセイだこれは。

また次回!

小学校入学!

長女が本日、小学校に入学した。

 

私の勤める会社は有給消化に寛容であるため気兼ねなしに休める(休む日の業務を前日までに終了させねばならぬためすんごい大変ではあるが…)。

今日は市内の小学校は全て入学式を敢行したため当社からは自分を含め本日三人もの有給消化者を輩出した。私もたいがい年だが、残りの二名は全て私(44)より年長者である。意外と年取ってからの子どもっているんやな。どうでもいいが。

 

そういえば、長女の同級生Kちゃんのご両親は小・中学校の教員なのだが今日は無事入学式に出席できたのだろうか…??見当たらなかったが…?お父さんがひょっこり顔を出していたのかな?

 

幼稚園のメンバーはほぼほぼそっくりそのまま繰り上がっているのでいつメンみたいな入学式であった(特に保護者)がやはり幼稚園と小学校では人数規模が大きくなるため行事のクオリティもそれに伴ってくる。

 

朝九時過ぎには学校に到着したのに友達保護者同士でべしゃったり校門前で記念写真撮る行列が出来たりしてなんだかんだで校内に入ったのは九時半過ぎ…。

このグダグダがキライである…。

 

新一年生は教室へ、保護者達は体育館(今の小学校って体育館の事を体育館って言わないんだぜ。アリーナって言うんだぜこの小学校だけ?)へ移動、着席。
やべ、おしっこがしたい。

 

 

在校生を代表して新6年生が全員参列。
実は最初我々が学校に入る際に玄関先で各家庭一つ一つに丁寧に道案内をしてくれたのが新6年生の面々だった。めっちゃお兄さんお姉さんやんけ。感動した。
それにしてもおしっこがしたい。

 

そこから来賓が続々と入場。
もっとすっと入っていってくんねえかな…。
ますますおしっこがしたい。

 

満を持して主役、新一年生の登場だ。3クラスもあんのか。結構多いな!まあ新興住宅街多いからな!うちの娘は?いたいた!かわいいやんけ!
そんな中、おしっこがしたい。

 

 

開会の言葉を終え、司会(教頭?とか主任?)がご着席くださいとの声を発し全員座る。が、その数秒後に「失礼しました。もう一度全員立ってください」との修正が入った。国歌斉唱を飛ばすところだったのだ。国歌は4割の力で歌唱した。本気を出したら国歌(独唱)みたいになりプロのスカウトの目に留まってしまうからだ。
歌唱力のコントロールをしつつもおしっこはしたい。

 

校長先生からのお話に入った。「ご入学おめでとうございます」にセンサーのように反応する新一年生の「あーりーがーとーごーざーいーまーす!」は娘の幼稚園出身の子どもたちが卒園式のために鍛え上げた特殊能力だ(『ご卒園おめでとうございます』への反応の名残りと思われる)。いかんなく小学校でも発揮されている。
素晴らしい反応だと思いつつもおしっこはしたい。

 

市内の小学校すべてが入学式のため、特殊な来賓がいなかったのが幸いしたか、来賓祝辞が一件だった。そこはすんごい良かった。

安心しつつもそう。おしっこはしたい。

 

 

入学式自体は無事に終了し、新一年生は一旦教室へ戻る。保護者はそのままアリーナにて待機。やがてアリーナに戻ってくる(アリーナっていいたいだけやん)新一年生・保護者の記念撮影がクラスごとに行われる。写真は後日販売されるものと思われる。
この待ちがキライだ…。おしっこ出るしよー。

 

 

やっとすべて終了。外に出られた。

 

右にいる次女は式の最中ぐっすりだったためムダに元気である。

ってか三日後にはこいつの入園式があるのだが…。

 

あとは自宅へ帰るだけだと思ったが通学路の途中にある幼稚園に寄ってあいさつするとか言い出したため私だけ先に歩いて帰ることに。尿意と歩数を考えるとギリギリ漏れるくらい。人生屈指の危機である。

 

 

とまあこんな感じで我が家と小学校とのつながりができた。

一つ感じたのが、小学校からのお便りが読みづら過ぎる!

前職時代に相手への読みやすさを追求してきた文書作成姿勢とは正反対の
「読みやすさはともかく『記載していないことへの指摘を受けない』」姿勢への全振りをひしひしと感じる。

ザ・公務員の特性である。

 

明日からいきなり通常登校だ。心配だ―。

といっても、もう学校にお任せするしかないのだから腹をくくろう。

 

ちなみにおしっこは無事に自宅トイレにて完遂。よかった。

 

今月ご入学されたすべての皆様。本当におめでとうございます。

 

本日は以上です。

 

 

生きる世界が違う

10年ほど前、20代中盤の女性と交際していた。

その女性は一言で言えばかなりかわいい方だった。

 

彼女と横並びに歩き、衝撃を受けたことがあった。

 

ある日、桜祭りに繰り出し桜並木を二人肩を並べて歩いた。

全国的にも有名な桜祭り。土手沿いの桜並木は人でごった返している。

 

ふとすれ違う通行人を見ると皆私の方に視線を送る。よく観察すると主に男性からの視線が突き刺さっていることに気づいた。しかも例外なくだ。

 

よくよく視線の先を探るとなんのことはない、私に向けられた視線ではなく横にいる彼女に対する視線だった。

衝撃を受けたのは、視線を受ける回数もだし何よりも結構みんなガン見してくる。

 

確かに、その日の彼女のいでたちは今考えれば男性の注目を集めるのに十分だった。

 

実はその日は私のリクエストにより服装を決めていたのだ。出発前に服の候補が並べられ、「どれがいい?」「んじゃあこれとこれ」といった具合だ。

 

私のどストライクな上→フリル付いた系の可愛いの、下→ミニスカ

を要求し、着用してもらった。

 

にしてもやで?

 

男衆みんな三杉君やろ?

俺だってこんなに他の女ガン見しねーよ?

 

男性総不審者現象である。

 

 

彼女に「みんな君の事をみてるね…」と伝えると「そうですかぁ?」とナチュラルに答えた。

 

ああ、そうか。
彼女はこの世界が普通なんだ。

そう感じた。それも衝撃だった。

 

思えばいつだったかチャリ置き場が閉まったと同時の時間に彼女が駆け込み無事にチャリを取り出すことができたとき「(係員が)絶対開けてくれると思った」と確信していたらしいことを思い出した。

 

そう。若くかわいい女性は私たちの想像が及ばぬほど生きやすい世界なのだ。

 

逆に。

 

若くかわいい女性たちが生きづらい一面もある。

性被害だ。

 

先日音声配信アプリにて新聞社の配信でパーソナリティの女性(たぶん20代後半)が

「先日、自分のマンションの隣人(女子大生、19歳)から『水道工事の人が訪ねてきて家に上がらせてくれというので上げてしまった』と相談を受けた。本当であればマンションの掲示板やらメールやらで事前に知らせが届くはず。それがない。幸いその日は何の被害もなかったが今後は決してアポなしの客には対応しないように、とアドバイスした」

とのことだった。

 

衝撃だったのは次のコメントだった。

 

「私も大学一年生の時、アパートの自室に帰った際に管理人と部屋の中で鉢合わせたことがある。その時はなぜ部屋に管理人がいるのかの意味が分からなかったが今にして思えば…」

 

こんなことをおっしゃられた。
なるほどと私は思った。

 

こういった被害は特に若い女性であれば日常茶飯事なのだと。
若い女性というだけでよからぬことを企む男はことのほか多いものなのだと。

部屋に侵入されるということは犯人は事前に住人をストーキングしているということだ。侵入のみならず常に犯罪者による監視の目にさらされているいることと同義だ。

 

若い女性は確かに様々な面で男に比べると生きやすい。しかし生きにくい面もある。

アパートに帰って知らん人がいたらショック死するだろう。男側の立場で言えば家に帰って突然武蔵丸がいたらどうする?サインもらう

 

 

だから私は声を大にしていいたい。

特にこの春から一人暮らしを始めた女性諸君には必ずや自宅に「男の影」をちらつかせるっていうか前面に押し出してほしい。

洗濯ものに男物を混ぜるのは毎日当然に実施してほしい。男物の下着は必須。服も古着で安っすいやつでいいので何着かそろえておこう。

最近売ってるようだが男の声でぶっきらぼうにインターホン対応する機械もかなり役立つのではないか?

 

ゴミは収集される直前に捨てよう。可能ならば収集車を待ち構えてもいいだろう。
当然、名前等個人情報の痕跡を残さずシュレッダー必須。

郵便物は自宅に投かんされたそばから回収(投かんされた郵便物は必ずや物色されるものと思うこと)。

宅配便の受け取りは全て周辺のコンビニにとり置くシステムを利用しよう。

 

そもそも、安アパートはセキュリティゼロなのでできるだけロックのしっかりした二階以上の物件に住みたいものだ。

 

うん。

生きづれー。

 

 

犯罪に巻き込まれないようにするためにすべきことが多すぎる。

男と女、どちらが人生イージーか?ナンセンスな質問だ。

 

今、自分が置かれた立場を精一杯生きる。それでいい。他は気にするな。

 

 

自分とは全く違う世界で生きている者通し、協力し合っていきたい。

 

今日は以上です。