この番組では様々な伝説的なコントが生み出された。
私が生涯一番爆笑したコントは文句なしで
だ。
当時私は高校1年生。男子なのになぜか「箸がころんでもおかしい年頃」であり、
比較的ゲラだった自分だが、この「やすしくん」だけは別格に笑い死んでいた。
突然「やすしくん」というテロップが出て始まったコント。
そのタイトルの意味を、松本扮する角刈りメガネのキャラクターを見て一発で理解した。
「毎度!横山だ」 「どないやっちゅうねん!」 「怒るでしかし!」
など特徴的なフレーズを連発し、ベタなボケに突っ込まれたらオチのようなジングルが流れおどけた表情をさらす。
1995年に高1の私は漫才ブームのことを知らないが、横山やすしのことはうっすらと覚えていた。
私の記憶では、横山やすしは上記フレーズを多用していたようには思わない。
漫才の頂点を極めるような才能あるタレントは「決めギャグ」を持たないことが通常だ。決めギャグに頼ることなくオールマイティーに笑いを生み出すことができるからだ。
ちょうど、現代のボクシング世界チャンピオンと同じようなものだと思う。
世界を奪るような選手は、接近戦が得意とか苦手とか、カウンターが下手とか上手いとか、関係ない。すべてを高いレベルでこなすのが当たり前で、持ちうる技術、体力、精神力の各々、もしくはトータルの「ほんのわずかな差」で勝敗が決する(井上尚弥を除く…)。
私は○○が得意技だからそれにすがります、などと言っているレベルではないのだ。
売れるテレビタレントもそうだ。
毎日テレビで見かける一流のお笑いタレントには持ちギャグがない。
ある人もいるのだろうが、それを披露することはめったにない。
横山やすしもその範疇に入ると思うのだが、松本はコント「やすしくん」を披露するにあたってその口癖やしぐさを捏造?誇張?した。
それでも。
当時は腹を抱えて笑った。
ただ、今見返しても、全作の流れすべてを知り尽くしているため大笑いはすでにできない。
でも、高1の自分にとっては衝撃的なコントだった。
学校では根暗で友達の少なかった私だったが、こと「やすしくん」放送の翌日(月曜日)だけは自分の後席のあんまり知らんクラスメートに話しかけてやすしくん話をして笑いまくった。
それほどの影響力を持ったコントだった。
コント開始からほどなくして横山やすし死去のニュースが流れた。
横山やすしを強く揶揄する内容のコントを作ったダウンタウンへの非難が巻き起こった。結局、当該コントの制作は終了となった。
当時は非常に残念極まる思いだった。冗談抜きで「これから何を生きがいにしていけば?」の精神だった(ほどなくして『サニーさん』の登場により私の息は吹き返す)。
なぜ松本はそこまで横山やすし揶揄コントを作りたかったのか?
まだダウンタウンがデビュー間もないころ、「ライト兄弟」の名で出演した演芸番組にて、司会の横山やすしから酷評されたことが根底にあったようだ。
しかし、1995年と言えばダウンタウンはすでに芸能界の頂点をほぼほぼ極めていたといえる。
逆に横山やすしはすでに引退済みの身。立場は逆転していたはずだ。
芸能界の中でも1,2を争う高収入を得、そして一般人には見ることのできない景色をいくつも眺めていたであろうダウンタウン。
しかし、彼らがデビュー間もないころに受けた屈辱は払しょくすることのできない大きな出来事だったに違いない。やすしくんが誕生した理由のひとつに挙げられうるものだ。
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相手が言い返せない状態で、相手を言葉でサンドバックにする。
これは相手からの恨みを買う最も簡単な方法だと私は思う。
横山やすしは演者であるダウンタウンが言い返せる状況にないことを承知の上で彼らを衆人環視のもと、強い言葉で酷評した。
横山やすしとダウンタウンの関係性とは規模も質も比べるべくもないのは承知の上だが、
上司と私の関係性も似たようなものがあったと思う。
上司は私をことあるごとにみんなの前で叱った。時には生徒たちに聞こえるように(塾だったからね)。
その時の上司の発言の正当性はないに等しいことは先日の記事にてご紹介済みではあるが、仮に上司の言葉に正当性があったとて、到底、上司への恨みを抱くことの回避はかなわなかっただろう。
三つ子の魂百まで、とは本当によく言ったものだ。社会人三年目を「三歳」と考えれば納得だ。
私は今後、どれだけ社会的・経済的に成功を成し遂げようとも、この時の上司に対する恨みが消えることはないのだろう。ダウンタウンがそれを証明してくれている。
逆に考えると!
私たちは横山やすしがダウンタウンにした仕打ちや、私の上司のようなふるまいをしてはいないだろうか?
自覚なしにやっちゃってはいないだろうか?
振り返るに、私はおそらく、教室長時代にアルバイト学生に対して似たようなことをしたような気がする。
気がする、というのは当時の私は上司からそんな理不尽な横暴を享受せざるを得なかったため、アルバイト学生にはそんな思いは決してさせまいと心に決めて接していたからだ。
しかし、分からない。相手が「恨み」を感じる行動を、私はしていたのかもしれない。
偶然出会う以外、当時の学生たちにはもう会うことはできない。過ぎたことをコントロールすることもできない。ただ、今後は相手をサンドバックにだけはしないよう、最深の注意を払って人と接するのみだ。
おそらく、当時の私の上司たちは、部下がこんなにも自らに対しマイナス感情を抱いているとは思ってもいないことだろう。心底、いいこと(いい指導)をしてやったと思っているはずだ。
むしろ、「なんであいつは俺に敵意をむき出しにしやがるんだ?」と疑問にすら思うのではないか?
そういった鈍感さが、自身の社会人としての力と、人間としての厚みを薄くさせてしまうのだと思う。
否定からは何も生まれない。表面上だけの迎合でも同様だ。
相手の考えを真正面から受け止め、相手の正当性を極力探し出し、肯定する。
ここから師弟関係は始まるのではないか。
なぜか、昔のコントを見て思い出した。
最近、昔の映像などを見ると以前までの感じ方と全く違っている。
なんだかとても楽しい。
同時に、自分の頭の中が硬直化しないように気を張っていかねば!
とも思う。
あと、人に恨まれないように気をつけようっと!
今日はこれにて終了です。